日本の製造業をどう見るか。国内にいると当たり前に見える景色も、海外市場や国際競争の文脈で見直すと、違った輪郭が浮かび上がる。本連載では、株式会社キーエンスで事業企画・海外事業開発を担当し、現在は外資系日本法人の経営に携わる立場から、日本の産業界の現実を公開データで読み解く。第1回は、世界市場の拡大と日本の停滞を取り上げる。

2000年以降、世界の産業構造は大きく変わった。変化の中心にあったのは、グローバル化とデジタル化である。市場は国内完結型から世界一体型へ広がり、企業は自国市場だけでなく、世界市場を前提に競争する時代に入った。世界の名目GDPはこの20年余りで大きく拡大し、海上輸送量も増加を続けている。市場の拡大は観念ではなく、物流量の増加という形で現実に進んできた。

世界GDPの拡大と日本の相対停滞(2000年と2024年の比較、兆USドル)
図1 世界GDPの拡大と日本の相対停滞(2000年と2024年の比較、兆USドル)

しかし、日本はこの世界市場の伸びを十分に取り込めたとは言い難い。名目GDP順位だけで日本を論じるのは正確ではないが、世界が大きく伸びる中で、日本の存在感が相対的に低下してきたことは見過ごせない。問題は単なる景気の波や為替の一時的な影響ではない。世界の伸びに対して、日本の産業構造の適応が遅れたことに、現在の停滞の本質がある。

その背景には、日本のものづくりの成功体験がある。日本は長く、垂直統合型の生産システムと現場のすり合わせによって、高品質・高信頼の製品を生み出してきた。この方式は、自動車や産業機器のように、品質の作り込みや現場対応力が競争力に直結する領域では非常に強かった。実際、日本の製造業は高い品質と安定稼働で国際的な信頼を築いてきた。

だが、グローバル化とデジタル化が進んだ市場では、競争の前提が変わった。重要になったのは、個別最適の積み上げよりも、標準化による全体最適である。仕様を決め、インターフェースを統一し、異なる企業や地域を接続できる仕組みを持つ者が、市場全体を取り込めるようになった。これは日本の現場力を否定する話ではない。むしろ、現場力だけでは勝ち切れない時代に入ったということだ。

グローバル化を支えた海上輸送量の拡大(UNCTADベース、十億トン)
図2 グローバル化を支えた海上輸送量の拡大(UNCTADベース、十億トン)

この変化に適応してきた国の一つが中国である。巨大な国内市場を起点に、設計、製造、物流、販売を結びつけ、規模を武器に競争力を高めてきた。今や競争相手は単一の製品ではない。標準、供給網、量産力、価格、スピードを含めた「産業システム全体」で競争が行われている。従来型の延長線上で戦えば、どうしても消耗戦になりやすい。

もっとも、日本に力がないわけではない。品質を作り込む力、現場で安定稼働させる力、顧客要求にきめ細かく応える力は、依然として大きな強みである。重要なのは、その強みを国内市場の延長として使うのではなく、世界標準の上にどう重ねるかである。世界標準を受け入れ、その上で日本の品質、運用、サポートの価値を実装する。これが、これからの日本の製造業が取るべき現実的な方向性ではないだろうか。

今、問われているのは、製品の良し悪しだけではない。世界のルールが変わったことを前提に、自らの勝ち方そのものを更新できるかどうかである。

図表出典
・World Bank, GDP (current US$) 公開データ(世界、日本、米国、中国)
・UNCTAD, Review of Maritime Transport 2024
※誌面用に見やすく再作図。数値比較は公開データに基づく。

著者紹介
村上 将(むらかみ・まさる)。株式会社キーエンスで事業企画、海外事業開発を担当し、現在は外資系日本法人の経営に携わる。国内外の産業界に広く触れてきた経験をもとに、日本の製造業が置かれた現実をファクトベースで捉え、課題と打ち手を考察している。

初出:オートメーション新聞 連載 第1回

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